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最古の藤原定家の写本(若紫の巻)発見! ! 源氏の君が、若紫の祖母と語り合う・新発見と同じ「源氏物語」若紫の巻・近衛信尹・自筆・9-2
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日本最古の藤原定家の自筆「源氏物語」のうち「若紫」発見!!

自筆「源氏物語」のうち、「若紫(わかむらさき)」の巻の自筆
「寛永の三筆」の一人・近衛信尹(このえのぶただ)自筆(臨書)「若紫」の巻を出品

「源氏物語」若紫の巻・源氏の君が若紫を初めて見初める「源氏物語」の有名な個所の原本

《若紫が逃げた雀を追う「源氏物語」の有名な絵の元になる場面の原文》

令和元年10月9日付「京都新聞」、及び「朝日新聞」において、日本で最古の「源氏物語」として藤原定家による写本(自筆)「若紫の巻」1帖の発見のニュースが全国で話題になりました。「若紫」の自筆は現在国内では販売されておりません。この貴重な「源氏物語」の「若紫」のうち、「寛永の三筆」の一人・近衛信尹・自筆(臨書)を出品いたします。詳細は、下記に記載。

「若紫」発見の新聞



出典・2019年10月9日付「京都新聞」
「京都新聞社・写本発見」も合わせてご覧ください。

「寛永の三筆」の一人・近衛信尹・自筆(臨書)

出品した自筆は、亀山天皇の皇子・恒明親王(つねあきらしんのう)自筆「源氏物語」を、近衛信尹(このえのぶただ)が書き写した(臨書)ものです。近衛信尹(このえ のぶただ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての公卿。近衛家18代当主。号は三藐院(さんみゃくいん)。本阿弥光悦・松花堂昭乗とともに「寛永の三筆」とよばれる。信尹の「信」は、織田信長から一字を賜ったものである。官位は従一位・関白、天正13年(1585年)に左大臣となる。近衛信尹が恒明親王の書を正確に写したため、恒明親王・筆「源氏物語」近衛信尹・自筆(臨書)と表記される。国宝「藻塩草」中の「源氏物語」は、「伝恒明親王」と記載されている。このため出品タイトルも「伝恒明親王・筆「源氏物語」近衛信尹・自筆(臨書)」としております。詳細は、下記に記載。

出品した「源氏物語」の筆者である近衛信尹の別な和歌が、2018年1月12日に京都・茶道武者小路千家の初釜において、「茶掛」として披露されていたことが、同日の「京都新聞」夕刊に掲載されておりました。(資料2018年1月12日付「京都新聞」「京都新聞社・初釜」も合わせてご覧ください。

自筆下部の二つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)
方子の上の印は、治郷と方子の娘である幾千姫(きちひめ)の号である「玉映」の落款(印譜)
自筆上部の「壽禎」の印は、仙台藩医・木村寿禎の落款(印譜)である。

(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)

伝恒明親王・筆「源氏物語」近衛信尹・自筆の来歴については下記「説明欄」に記載
恒明親王(1301~1351)は亀山天皇の皇子。正式名は、常盤井宮恒明親王

《「源氏物語」若紫の巻》


「額縁入原本」


(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)

「自筆原本」

《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。》

自筆下部の二つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)
方子の上の印は、治郷と方子の娘である幾千姫(きちひめ)の号である「玉映」の落款(印譜)
自筆上部の「壽禎」の印は、仙台藩医・木村寿禎の落款(印譜)である。

自筆が「古切」とされたのは江戸時代。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載

(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。


《「源氏物語」若紫の巻》
《「あな、いみ》・・・・しや。いと、あやしきさまを、人や見つらん」
とて、すたれ(簾垂)おろしつ。
「この世に、のゝしり給(たま)ふ光源氏。
かゝるつゐてに、見たてまつりみ(見)奉(たてまつ)り給(たま)はんや。
世を捨(すて)たる法師の心ち(地)にも、いみしう、世のうれ(憂)へわすれ、よはひ(齡)のふる、人の御あり(有)樣(さま)なり。
いて、御せうそこ(消息)聞(きこ)えん」と・・・・・


(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。



(2)・自筆の「原文の現代語訳文」は次の通りです。


《「源氏物語」若紫の巻・源氏の君が若紫を初めて見初める「源氏物語」の有名な絵の元になる原本》
《源氏物語・最古の藤原定家の写本発見・光源氏と紫の上が出会う「若紫」の巻と同じ近衛信尹(このえのぶただ)自筆「源氏物語」若紫の巻》
《「寛永の三筆」の一人・近衛信尹(このえのぶただ)自筆「源氏物語」若紫の巻・源氏の君・北山の寺で若紫(のちの紫の上)をかいま見る》
《第四段・源氏の君、若紫(後の紫の上)を見出し恋をする》
《(按察大納言の正室・紫の上の祖母)「まあ大変です》・・・・こと。ほんとに見苦しい有様を、どなたかに見られてしまっているかしら」
と言って、簾(すだれ)を下ろしてしまった。
(僧都)「世間で評判になっていらっしゃる光源氏の君を、こうした機会にお拝みになりませんか。
俗世を捨てた法師の気持にも、まったくこの世の悩みごとを忘れ、こちらの寿命も延びるような君のお姿なのです。さて、ご挨拶(あいさつ)を申すことにしましょう」
と・・・・《言って座を立つ音がするので、源氏の君はお帰りになった。》

現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)

備考:出品した自筆は、亀山天皇の皇子・恒明親王・筆「源氏物語」を、近衛信尹(このえのぶただ)が書き写した(臨書)ものです。


自筆「源氏物語」を元にした「若紫」の絵はユネスコで世界中に公開されている

「若紫」の巻は英文で「Lavender」と表記されます。

《「源氏物語」のうち「若紫の巻」の内容の要旨》

「源氏物語」の「若紫(わかむらさき)の巻」は、幼いころの紫の上を描いていることからこの巻を「若紫」と呼んでいる。源氏の君の和歌「手に摘みていつしかも見ん 紫のねにかよひける野辺の若草」によるとされることもある。光源氏である源氏の君が、北山で美しく清らかな幼い若紫が飼っていた雀を逃がしたのを追いかける姿を生垣から垣間見てから二条院に迎えるまで「紫の上」を描いている。生垣から若紫を垣間見る場面は、古来多くの「源氏物語」絵巻に描かれていることで有名。
自筆の疎明資料等は、下記の通りです。



(Ⅰ)・上の写真右端は、国宝「藻塩草」伝恒明親王・筆32図「源氏物語・賢木」断簡(伏見切)の部分。
伝恒明親王の自筆は、国宝「藻塩草」京都国立博物館所蔵でご覧になることができます。国宝「藻塩草」のうち「源氏物語・賢木」断簡の写真は、「京都国立博物館の画像」をご覧ください。

(2)・上の写真右から2枚目は、近衛信尹の自筆・和歌屏風(部分)東京国立博物館・所蔵。屏風全体の写真は、「東京国立博物館の画像」をご覧ください。
近衛近衛信尹の自筆は、他にも鶴見大学の貴重書でご覧になることができます。鶴見大学の貴重書の資料は、「鶴見大学の画像」をご覧ください。

(3)・上の写真右から3枚目は、今回出品した「源氏物語」「若紫の巻」の題字、その下は近衛近衛信尹の「花押」と「落款(印譜)」

(4)・左端の写真は、「若紫」の巻の末尾。自筆下部の二つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)
方子の上の印は、治郷と方子の娘である幾千姫(きちひめ)の号である「玉映」の落款(印譜)
自筆上部の2つの「壽禎」の印は、仙台藩医・木村寿禎の落款(印譜)である。


「自筆の画像断層(MRI)写真」


(出品した自筆の「断層画像写真」MRI ―5(Lavender)―9―2)

自筆に関する資料:出品した「源氏物語」のうち「若紫(わかむらさき)」の自筆は、近衛信尹が、恒明親王・筆「源氏物語」の原本を正確に「臨書」したものである。「臨書」とは本人の筆跡を正確に書き写したものである。このため書いた本人と「臨書」の区別が難しくなる。しかも、「臨書」の元になった恒明親王の自筆「源氏物語」の原本は、「賢木」以外に現存せず、しかも「賢木」自体の自筆が、国宝「藻塩草」とはいえ、伝恒明親王と記されている。国宝に「伝」とつく例が多いのは、筆跡の共通点が多く難しいため「国宝・伝恒明親王筆」との名称が付される。常盤井宮恒明親王(ときわいのみや つねあきしんのう)嘉元元年(1303)5月9日~正平6年(1351)9月6日は、南北朝時代の皇族であり、鎌倉時代の第90代亀山天皇の皇子である。亀山天皇から邸宅・常磐井殿を譲られたことから常磐井宮を称した。
花押と落款の記されている近衛信尹(このえ のぶただ)は、安土桃山時代の公家であり、書道は青蓮院流を学び、更にこれを発展させて一派を形成し、近衛流、または三藐院流と称される。薩摩に配流されてから、書流が変化した。本阿弥光悦、松花堂昭乗とともに「寛永の三筆」と後世、能書を称えられた。近衛信尹は、公家社会から孤立を深めた事に苦悩した信尹は、次第に「心の病」に悩まされるようになり、文禄元年(1592年)正月に左大臣を辞している。「源氏物語」は、恒明親王の自筆「源氏物語」を正確に写している。特に冒頭「桐壺」は、「賢木」と同じ一面10行書、1行15字程度としているが「若紫」の巻では、同じ1行10字程度であるものと1行が18字程度に増えている。今回、出品した自筆は、江戸時代に1面10行書を5行書に切断し「断簡」としている。三十六歌仙図と同様、貴重書ほど後世に寸断される例は、大聖武や小聖武の書のように1行書まで寸断されているのと同じである。

「若紫の絵巻・額縁裏面表記ラベル・評価額等について」

下記1段目の上の写真は、「額縁裏面」に表記されるラベル。
下の写真は、日本の「美術年鑑」のうち、近衛信尹の評価額


(1)・上記2枚の写真のうち、上の「源氏物語」絵巻は「若紫の姫君が飼っていた雀の子を逃がしてしまった幼い若紫の様子と、柴垣から隙見する源氏の君を描いた有名な場面の絵巻。絵巻の中の上の女性三人のうち、左端が幼い若紫、中央が若紫の祖母、右端が乳母(めのと)。左下は柴垣から隙見する源氏の君と惟光(これみつ)

(2)・上記写真の下の絵巻は、「若紫」の巻のうち、聖(ひじり)の僧都と共に音楽を楽しむ源氏の君。上記2枚の写真は土佐光起の絵巻である。


伝恒明親王・筆「源氏物語」近衛信尹(このえ のぶただ)・自筆(臨書)を出品
商品説明(来歴)伝恒明親王・筆「源氏物語」近衛信尹・自筆(臨書)の商品は、上記写真に示す資料の通りである。近衛信尹・自筆であると認められている。
「源氏物語」の旧・所蔵主は、出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)から娘の幾千姫(玉映)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎に伝来していたものであるが、一方、方子が嫁入道具として仙台藩の藩主の正室の書いた「源氏物語」を持参した説なども挙げられている。

自筆の希少価値について自筆の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにあります。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「源氏物語」の文字が記されております。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。撮影後、展示のために再表装をしております。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。

断層(MRI)写真従来、日本の古美術の鑑定の際の分析・解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析・解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。本物を見分けるための欧米の進んだ分析・解析技術を見ることができます。

寸法「源氏物語」自筆の大きさ タテ26.0センチ ヨコ8.7センチ。額縁の大きさは タテ40.0センチ ヨコ30.0センチです。額縁は新品です。

「源氏物語」の自筆について1・筆跡の分析について
 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。

③・筆者について
商品説明(来歴)記載の通り、国宝「藻塩草」第三十二「源氏物語・賢木」(伏見切)の書は、伝来の示すとおり、国宝でありながら、伝恒明親王・筆としている。近衛信尹は、この「源氏物語」を写し(臨書)したものであるが、その解析は、上記アメリカの画像検索によって照合されたものである。ただし、一部に書風の乱れがあり、それば近衛の「心の病」に起因されると推定されているが、判然としていない。

HP伝恒明親王・筆「源氏物語」近衛信尹・自筆(臨書)を出品いたしました。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。

ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。

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